
マイ評価:★★★★(5点満点)
公式HPはコチラ。『アメリカばんざい オフィシャルサイト』
【Introduction】
『Marines Go Home 辺野古・梅香里・矢臼別』で日本国内の米軍基地の現状を追った、ドキュメンタリー映画監督・藤本幸久の最新作。前作撮影時に沖縄の米兵と出会って感じた“彼らはどこから来たのか? なぜ兵士になったのか? そしてどこへ行くのか?”という疑問の答えを求め、のべ200日間に及ぶアメリカでの取材・撮影の末に完成させた、渾身の一作だ。
映画は、“戦争の入口と出口”を描く。「入口」とは、正しい兵士を作り出していくブートキャンプ。撮影地のパリス・アイランドの海兵隊だけでも、毎週500〜700人の若者が入隊し、3ヶ月で立派な兵士に養成される。教官は告げる、「敵が10人いたら6人は殺せ。残りの4人も無傷で帰すな。たとえ自分がどんな傷を負ってもだ!」……。そのようにして戦場へ送り出された若者たちの多くは身心ともに傷ついて帰還する。アメリカの男性ホームレスの3人に1人が元兵士だと言われるが、映画は彼らの帰国後の現実=戦争の「出口」をも描き出す。軍事大国アメリカの真実の姿は、我々日本人とも無縁ではない。必見の115分。(名古屋シネマテークより抜粋)
【Opinion】
2008.9.3 10:30〜
in 名古屋シネマテーク




サッカーの大分トリニータを応援に行く傍ら、名古屋のミニシアター事情を垣間見ようと、名古屋シネマテークという映画館を訪れた。
「名古屋シネマテーク」は名古屋駅から、地下鉄東山線で5駅の今池というところにある小さな単館映画館で、映画館周辺はほとんど人通りがなく、さびれた印象。しかも、この映画館自体、元々自主上映団体「ナゴヤシネアスト」から始まっていて、お金がないのかかなり古びれている。東京の水道橋にあるアテネフランセを少し思い出す。HPでは、大型の映画館ではかからないバリエーションに富んだ良質の映画を上映しているということが謳われていた。
今回、この名古屋シネマテークで観賞したのは、「アメリカばんざい crazy as usual」というドキュメンタリー映画だ。USAの軍隊の本質や退役軍人の実情を切り込んだ作品で、アメリカ政府に検閲されちゃいそうな内容。マイケル・ムーア作品のようなユーモアは少ないが、アメリカ市民の苦しい実情にまざまざと見せてくれる。ただし、そんな苦しい現実に中でも力強く生きようとする人々が描かれていて、最後は希望を感じることができるすばらしい作品だ。もし、機会があれば多くの人に観てもらい作品。自主上映もやっているようだが、1回5万円。。。ちと、難しいかも。
映画館は、40席と大変小さいのだが上映前にいた人が8人程度と少なかった。これはあまり儲かっていないな、大丈夫かなと思っていたが、なんのなんの。上映開始時には臨時の席が出るほど、盛況していた。地方のミニシアターにもまだ力強さがあると実感できた。本編の開始が機材トラブルで遅れたのはご愛嬌。それと、この機材トラブルを知らされた観客に、どっと笑いが起こったことが嬉しかった。やっぱり、こういう映画をよく観に来る人というのは、心にゆとりを持っているんだな。何かトラブルがあるとすぐにキレてしまう最近のギスギスした世の中でこういう光景は微笑ましかった。
マイ評価:★★★★(5点満点)
【Introduction】
ゴッサム・シティーに現れた最悪の犯罪者ジョーカー彼は、マフィアたちに成り代わってバットマンを追い込む“ゲーム”を開始。それは「バットマンが正体を明かさなければ、毎日市民を殺す」という卑劣なルールで、戦いの中ゴードン警部補も凶弾に倒れてしまう。ブルースは遂にバットマンの正体を明かすことを決意。記者会見に登場しようとするが、それを制したのは新任検事で“光の騎士”と慕われるデントの意外な行動だった……。
シリアスかつ重厚なテイストでバットマンの誕生秘話を描いた『バットマン ビギンズ』の続編。ゴッサム・シティーに現れた史上最悪の犯罪者ジョーカーに立ち向かうバットマンや検事デントの姿を、目の離せない展開と共に描いていく。享楽で犯罪を行うジョーカーを演じたのは、本作撮影後に急逝したヒース・レジャー。全身に異常性と破壊性をまとったその怪演は圧巻の一言。観る者を戦慄させるハリウッド史上に残る悪役が誕生した。デント役のアーロン・エッカートの鬼気迫る演技も光る。監督は前作と同じくクリストファー・ノーラン。俳優陣の見事な演技をさらに際立たせる演出とストーリーテリングで、傑作と呼ぶべき作品を見事に撮り上げた。
(エイガでつながるクチコミサイト映画生活より)
【Opinion】
友達のkurichanの誘いでダークナイトを観に行った。本作はヒース・レジャーの遺作として話題になっているが、彼の死は本当に残念だと思う。彼の演技は手放しに素晴らしかった。
正直、バットマンシリーズは何本か観ているが、特別に好きというわけではない。だが、今回のダークナイトはアクションのクオリティの高さもさることながら、その作品性がとても優れていて、興味深く観ることができた。
よくハリウッド映画で描かれる「悪を倒して正義が勝つ」という低俗な話と違い、正義の捉え方に多様性があってよかった。バットマンは人々の平和のために悪と闘うが、その過程で正義を志す人は死に、またある者は悪に染まってしまう。そんな状況に、バットマンの存在価値に悩むが、最終的には、自分はヒーローや英雄ではなく、1人のならず者として悪と対峙する。たとえ、それが平和を望んでの行動だとしても。
こういう作品のメッセージ性には共感を持った。最近、CMで見た「1人の悪を倒して、1000人の市民を救う」といったキャッチフレーズで宣伝している映画があるが、もしこの映画の結末が主人公が悪を倒してヒーローとなるハッピーエンドなら、きっと違和感を覚えると思う。
作品の冒頭で、ゴートンがハービーへ言った「組織は人が増えると腐敗する」という発言は、ストーリーに大きく関わってくるが、よく的を得ているなーと思った。この腐敗は、善悪に関係がなく起こると思う。しばしば、ここで腐敗した組織の活動自体が悪いという誤解が生じるが、とても危険なことだ。批判すべきは、その活動ではなく、そういった腐敗を生んだ組織の脆弱性や肥大化になくてはならない。そういったことを意識しないで、素晴らしい活動をしている組織や団体が批判されるのは間違いだと思う。
興味深かったのは、ジョーカーが組織や団体自体の存在こそが必要ないと主張していたことだ。人間の営みについて、深く考えさせられる。
っとなんか真面目くさった話になったけど、シンプルにアメリカ的なエンターテイメントも味わえるおもしろい作品だと思う。建物や車なんかがドッカン、ドッカン爆発してスゲーってなるし。ただ、病院そのものが爆破されたシーンは思わず、どこまでがCG?!って勘ぐってしまったが(笑)
マイ評価:★★★★(5点満点)
【Introduction】
私は、56歳になりました。
映画監督としては、若くも、年寄りでもない。まだまだ、やりたいことは山ほどありますが、世間一般には壮年と言われる歳を生きていることを自覚するようになりました。 いつの間にか、周りが若いスタッフばかりになり、 大人になったひとり娘と向き合うようになったことが、その理由かもしれません。
今、映画監督として何を作るべきか。私は、今を生きる若い人たちに向けて、何かを言ってあげたいという思いを、強く抱くようになりました。
この国には今、飢餓も、革命も、戦争もありません。衣食住に困らず、多くの人が天寿を全うするまで生きてゆける社会を、我々は手に入れました。しかし、裏を返せば、それはとても辛いことなのではないか──と思うのです。永遠にも似た生を生きなければならないという状況。その中で次々に引き起こされる痛ましい事件。親が子を殺し、子が親を殺す時代。何の理由もなく、若者が自らの命を絶つ時代。物質的には豊かだけれど、今、この国に生きる人々の心の中には、荒涼とした精神的焦土が広がっているように思えてなりません。
そんな時代を生きる若者たちに、何を言ってあげたら良いだろう?
ニートやフリーター、渋谷のセンター街で座り込む少女たち。親を殺した少年。彼らを大人の目線で見下し、まるで病名のような名前を与えても、何の本質にも至りません。今こそ、彼らの心の奥底から聞こえる声に耳を澄まし、何かを言ってあげるべきだと思うのです。
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』の主人公は、生まれながらにして永遠の生を生きることを宿命づけられた子供たちです。大人になれないのではなく、大人になることを選ばなかった子供たち。彼らは、永遠に思春期の姿のまま、戦闘機のパイロットとして、常に死を意識し、全力で戦うことを選びます。そして映画は、主人公のモノローグとともにクライマックスを迎えます。
それでも……昨日と今日は違う
今日と明日も きっと違うだろう
いつも通る道でも 違うところを踏んで歩くことが出来る
いつも通る道だからって 景色は同じじゃない
たとえ、永遠に続く生を生きることになっても、昨日と今日は違う。木々のざわめきや、風のにおい、隣にいる誰かのぬくもり。ささやかだけれど、確かに感じることのできるものを信じて生きてゆく──。そうやって見れば、僕らが生きているこの世界は、そう捨てたものじゃない。僕はこの映画を通して、今を生きる若者たちに、声高に叫ぶ空虚な正義や、紋切り型の励ましではなく、 静かだけれど確かな、真実の希望を伝えたいのです。
押井 守
【Opinion】
in 109シネマズMM横浜
休日の土曜日。大学時代の友人との再会を楽しんだ後、夕方のフットサルまでの間で映画を観ることにした。最初は話題の「崖の上のポニョ」を観ようかとも思ったが、すごい人気でチケットが残りわずかであったことと、「ポニョ、大人1枚」と受付で言うのはちょっと恥ずかしいなと思い、断念。最近、テレビで特集を見て、印象が良かった「スカイ・クロラ」を観賞することにした。
この作品は、押井監督が若者へ何かを伝えたいという思いから製作された。物語は、平和を手にした架空の世界で、その平和を維持するため、ショーとして行われる戦争でパイロットとなる子どもたちを描いている。彼らは”キルドレ”と呼ばれ、決して老いることなく、戦死しない限り生き続けることができた。
物語の中盤で、キルドレたちの上官であり、自らもキルドレであるクサナギ・スイトが語っていた「戦争のない世界で、人々が平和を維持するためには、誰かがどこかで死んでいるという実感がないと無いといけない。」という考え方はそうだなと思った。戦争の悲惨さがわからなければ、戦争の過ちが繰り返される。2度、同じことが起こしてはならないという思いは次第に風化していくもので、それをつなぎとめるためには、どこかで戦争があるという現実が必要というのはわかる。
さらにスイトは、「平和を維持するために、ショーとしての戦争は終わってはいけない」とも言っていた。終わってはいけない戦争のために生まれたのは、キルドレ。彼らは戦死しないかぎり生き続けられる。そして、たとえ戦死したとしても同じ能力を持った新たなキルドレ(たぶんクローン)が生まれるだけに過ぎない。
キルドレとして生まれた彼らは、永遠に戦闘を繰り返していくしかない。これが、どんなにつらいことか。スイトは死んだキルドレのパイロットに対して「可哀相に…」と泣く老婆に向かって、「可哀相なんかじゃない!同情でアイツを侮辱するな!」と怒鳴る。キルドレにとって、生き続けることは幸せではない、と彼女は感じていたのだろう。
現代、日本の若者たちはキルドレの彼らのような状態に実は置かれているのではないか。着るもの、食べるものに困らず、ありきたりな日常が、ただ平凡に繰り返されるだけ、という閉塞感。ある大人からすれば、「何をぜいたくな!」とも思えるかもしれないが、平和しか知らない若者たちにとって、現代社会はぜいたくとは程遠い、過酷な社会に見えているように思う。
ここで、少し自分のことを考えてみると、「なぜ、自分はフットボールに情熱を燃やしているのか?」の理由を考えると、それは"自分の生、肉体には限界があるから"にあると思う。若いうちでないと自由に身体を動かすことができない、若いときの感性があるうちにやりたいこと、できることは何でもやっておきたい。これが自分を動かしている原動力だ。
それがもし、自分の身体に限界は無く、永遠なのだとすれば、その原動力はなくなり、やる気を失ってしまうかもしれない。それは、長い夏休みを限りなくある休みを勘違いし、ぐーたらと過ごしてしまう学生に似ている?かもしれない。
エンディングで、主人公のユーイチは、キルドレではない大人のパイロットに挑む。そこで、彼は物語の中でもっとも重要な言葉を発する。
それでも……昨日と今日は違う
今日と明日も きっと違うだろう
いつも通る道でも 違うところを踏んで歩くことが出来る
いつも通る道だからって 景色は同じじゃない
永遠が続く苦痛だと思っていたありきたりな毎日も、考え方や見方が変われば、すべて違う日でいろいろな希望や楽しみ、希望が見えてくる。そのことに、ユーイチは気付き、スイトに「生きろ!」と言ったようにも思う。
個人的には、自分より若い人たち、もしくは同年代の人たちに、「今しかない。今できていることは、また明日できるとは限らない」ということを伝えたい。僕の身体が、本気でフットボールができなくなったように。
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マイ評価:★★★(5点満点)
【Introduction】
イランではサッカーは国民的スポーツとして大人気。W杯出場をかけた試合はサッカーファンなら誰でも見たい。しかし、この国ではサッカースタジアムに女性が入場するのを禁止していた。それでもサッカーを見たい、応援したい女子たちはそれぞれ男装をしてスタジアムにもぐりこみ熱狂。兵士につかまってもスキあらば逃げ出すなど、決してめげないサポーターの女子たちだが…。
男装したり、軍服を着たりしてスタジアムにもぐりこんだ女の子たちが、警備の兵士に捕らわれ、説教されたりしながらも、スタジアムの中で起こっている試合に通路で熱狂!しまいにはサッカーごっこを始めてしまうお茶目なイランのサッカーファンの女子たちがカワイイ!
実際にあった事件をもとに、10万人が集まった国際試合のスタジアムでロケを敢行。演じる女子たちも素人さんゆえ、リアルでフレッシュな魅力に満ち満ちている。監督はジャファル・パナヒ。(斎藤香)
【Opinion】
女性がサッカースタジアムに入場することが禁じられているイランで、どうしてもサッカーが観たい女の子たちがWC出場を賭けた試合で繰り広げる、おもしろくも切実な物語。
イスラムの戒律に関係しているのか、女性がサッカースタジアムに入れないというのは悲しいことだ。捕まってしまった女の子たちは、「どうして女性がサッカーを見てはいけないのか?」と軍の兵士に聞くが、「男性が汚い言葉を発するから」とか「サッカーは男性のものだ」など明確な答えを導き出せない。明確な理由がないのであれば、女性もサッカーが楽しめるようになればいいと思う。この作品の製作者もそこは意識しているんじゃないかと思う。
「女性にもサッカーを!」というのもいいテーマだが、それよりもこの作品でおもしろいのは、男性、女性関係なく、サッカーに熱狂しているところだろう。兵士の職務を忘れてサッカーの実況をしてしまう兵士、兵士のせいでトイレに入れないサポも歓声を聞けばトイレのことは忘れ、スタンドに駆け出してしまう。女の子たちは、何とかサッカーを観ようとあれやこれや策を講じて、徐々に兵士たちの心も掴んでいく。
最後に、WC出場が決まり、どさくさに紛れて逃げ出しちゃうところなんかは、お約束でいい感じ。サッカーを愛する人たちに微笑ましくなりながらも、女性問題を描いた内容のある作品だ。
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マイ評価:★★★★(5点満点)
【Introduction】
フィラデルフィアのしがない4回戦ボクサー、ロッキーに突然チャンスがやってくる。世界ヘビー級チャンピオンのアポロが人気取りのため、格下の相手と戦うことを宣言したからだ。かくして、薄汚れた下町の中、ロッキーのトレーニングが始まった……。
【Opinion】
酒、タバコは当たり前、働き口のない4階級ボクサーのロッキーは借金取りの集金屋として何とか生計を立てていた。近くのペット屋で働く内気なエイドリアンとやっと恋人となり、人生が上向きかけたところに、大きなビッグチャンスが舞い込む。世界ヘビー級チャンピオンのアポロが、ロッキーとの対戦を挑んできたのだ。バカでダメなチンピラだったロッキーも、エイドリアンのために、また自分のために厳しい練習を重ね、徐々に再生していく。
物語の展開に会わせ、序盤は暗いシーンが多く、全体的に黒やグレーのような色合いが多様されていった。それが、世界戦が決まり、徐々に明るい昼間のシーンが触れていき、希望や勇気が沸いてくる。有名なロッキーのテーマも後半から流れてきて、一気にテンションが上がる。
エイドリアンを一途に思うロッキーに感動できる作品だ。
ロッキーが初デートをしたスケートリンクで、サウスポーの由来を話すシーンが印象に残った。その由来というのは、フィラデルフィアに来たボクサーが左利きでたまたまニュージャージーがある南(サウス)に陣取ったから、南(サウス)と手(ポー)を合わせてサウスポーということらしい。ホントからはわからないけど…

